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続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

INDEX 総目次・既発表記事一覧・リンク付き目次など

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

INDEX

 

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総目次

はじめに

Ⅰ部 基礎メソッド

 1章 ノート論

 2章 棋譜並べ論

 3章 定跡論

 4章 詰め将棋論

 5章 終盤論

Ⅱ部 確率メソッド

 6章 次の一手論

 7章 駒落ち

 8章 秒読み論

 9章 将棋ソフト論

 10章 観戦論

 11章 対局論

Ⅲ部 盤外メソッド

 12章 上達論

 13章 心理論

 14章 勝負論

 15章 人間論 

 終章 実力四段・五段以上になるための50のメソッド

 おわりに

 付録 

 

 

既発表記事一覧

20170215 01 はじめに

20170216 02 ノート論(1)

20170217 03 ノート論(2)

20170218 04 ノート論(3)

20170219 05~06 ノート論(4)(5)

20170220 06 ノート論(補遺)(補遺2)(復習)

20170221 07 棋譜並べ論(1)(2)

20170222 08 棋譜並べ論(3)(4)

20170223 09 棋譜並べ論(5)(補遺)

20170224 10 棋譜並べ論(補遺2)(復習)

20170225 11 定跡論(1)(2)

20170226 12 定跡論(3)

20170227 13 定跡論(4)

20170228 14 定跡論(5)(補遺)

20170301 15 休載

20170302 16 休載

20170303 17 詰め将棋論(1)

20170304 18 詰め将棋論(2)

20170305 19 詰め将棋論(3)

20170306 20 詰め将棋論(4)

20170307 21 詰め将棋論(5)(復習)

20170308 22 終盤論(復習)

20170309 23 終盤論(1)

20170310 24 終盤論(2)

20170311 25 終盤論(3)

20170312 26 終盤論(4)

20170313 27 休載

20170314 28 終盤論(5)

20170315 29 次の一手論(1)

20170316 30 次の一手論(2)

20170317 31 次の一手論(3)

20170318 32 次の一手論(4)

20170319 33 次の一手論(5)(補遺)(補遺その2)

20170320 34 次の一手論(補遺その2)【解答解説】

20170321 35 駒落ち論(1)

20170322 36 駒落ち論(2)

20170323 37 駒落ち論(3)

20170324 38 駒落ち論(4)

20170325 39 駒落ち論(5)

20170326 40 休載

20170327 41 休載

20170328 42 駒落ち論(補遺)

20170329 43 秒読み論(1)

20170330 44 秒読み論(2)

20170331 45 秒読み論(3)

20170401 46 秒読み論(4)

20170402 47 秒読み論(5)

20170403 48 将棋ソフト論(1)

20170404 49 将棋ソフト論(2)(3)

20170405 50 将棋ソフト論(4)(5)

20170406 51 将棋ソフト論(補遺) 観戦論(1)

20170407 52 観戦論(2)(3)

20170408 53 観戦論(4)(5)

20170409 54 対局論(1)

20170410 55 対局論(2)

20170411 56 対局論(3)

20170412 57 対局論(4)

20170413 58 対局論(5)

20170414 59 上達論(1)

20170415 60 上達論(2)

20170416 61 上達論(3)

20170417 62 休載

20170418 63 休載

20170419 64 メンタル論(1)

20170420 65 休載

20170421 66 休載

20170422 67 休載

20170423 68 メンタル論(2)

20170424 69 メンタル論(3)(4)

 

 

リンク付き目次

 

cixous1.hatenablog.com

 

cixous1.hatenablog.com

 

cixous1.hatenablog.com

 

cixous1.hatenablog.com

 

cixous1.hatenablog.com

  

cixous1.hatenablog.com

 

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cixous1.hatenablog.com

 

 

 

姉妹ブログ

ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

cixous5.hatenablog.com

 

本ブログは一応、いきなり読んでもわかるように書かれていますが、

旧ブログ記載のメソッドを前提として記述しているところもあります。

10倍深く理解するためには、こちらの旧ブログをひととおりお読み

になることを強く推奨します。

 

 (C)このブログの記事は、すべてオリジナル記事です。

引用元を明らかにしない剽窃は、知的財産権の侵害なのでお控え下さい。

 

 なお、いわゆる「ビリギャル」は商標登録されています。

 作品も、その思想も、ウルトラ・リスペクトしているので、本ブログは「ビリギャル」を超・応援し、超・宣伝し、超・おすすめしますが、しかし、間違ってご迷惑になってはいけないとも考え、ここでは商標登録された「ビリギャル」ではなく、「ピリギゃル」が登場します。

 このブログは非営利の研究目的のために書かれており、悪意はありませんので、もし万が一、権利者様が問題があるとお考えならば、ご一報願います。誠実に対応させていただきます。

 

  

    

ビリギャル~学年ビリからの慶應大学合格記~ (花とゆめCOMICS)

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ビリギャル式 坪田塾の英文法ノート

ビリギャル式 坪田塾の数学I・Aノート

ビリギャル式 坪田塾の日本史ノート

ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話

人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書

女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法

勝負論(3) 君はキモい棋士になれるか

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続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

勝負論(3)

 

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機械になるのは大変だ

 変身して機械になった。しかし、相手も機械だった。千日手になった。しかし、相手は千日手での引き分けを認めない。よって、延々と指し続けるハメに。

 いっそのこと、こっちが大人になって、投げようかとも思ったが、それでは相手の思う壺。それに、こっちは機械なのだから、そんなことを考えてはいけない。無私の境地。反復を厭わない。

 途中から数え始めたが、49回は同じ手を指し続けた。根比べだったが、ついに向こうが手を変えた。その後は、こちらの勝ち。

 相手も相当に病的でやばいやつだったが、これが勝負というものだ。「普通」や「常識」を戦場に持ってきてはならない。

 

千葉雅也『勉強の哲学』を読む

 さて、これまでの流れからすると、千葉雅也氏の新刊『勉強の哲学』に言及しないわけにはいかないだろう。

 「勉強とは変身である」「勉強とは自己破壊である」との断言が、私シュうぇッチマンの主張と奇妙なシンクロを見せているからである。「言語偏重のラディカル・ラーニング」だって、基本姿勢が不思議なほど似通っているだろう。

 

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

 

 断っておくが、『勉強の哲学』の存在を知ったのは、一連の記事を書いた後の新聞広告によってであるから、『勉強の哲学』を読んで、しかる後に、私シュうぇッチマンの変身論が誕生したわけでは決してない。こうして言及することになったのは、まったくの偶然である。

 そもそも、私シュうぇッチマンは、まったく別の文脈から自身の変身論を生み出した。(私シュうぇッチマンと千葉さんが同一人物説も出ているようだが、千葉さんはたぶん将棋を指さない。たしかに将棋の比喩はあったので、ひょっとしたら指すのかもしれないが、どっちにせよ別人だし、千葉さんにあまりにも失礼なので、ばかばかしい憶測だけれども一言、否定しておく。)

 ところが、自身のオリジナルの変身論であると言おうと思って、はたと気がついた。千葉さんも、私も、ジル・ドゥルーズの愛読者であることを。うーん、哲学とは、なんとおもしろいものであることか!

 

動きすぎてはいけない: ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学
 

 

 もし考え方に似た部分があるとするなら、それは同一人物ではないが、思想的な兄弟みたいなものだからなのかもしれない。

 別個のものとして差別化しようと思って書き始めたが、同じドゥルーズ由来の勉強哲学ならば、別に同じであっても構わないのではないかと、考えを改めるに至った。

 「勉強によって自由になるとは、キモい人になることである。」

 たしかに、そのとおり! 

 たとえば、私シュうぇッチマンは、機械になることを提唱した。「機械になる」というと、どうしても嫌なイメージがあるにちがいない。しかし、「『機械になる』ことが嫌だ」というイメージ自体が、刷り込みかもしれない。ある環境における1つのノリに過ぎないのかもしれない。

 私シュうぇッチマンが千葉さんと同一であるとみなされることが嫌だという命題についても、同じことだ。「自分らしくあること」という、ある種のアイデンティティ神話に毒されているだけのことである。

 1つだけ付け加えるなら、脳が嫌がることをやることが進化の極意。筋トレをしていると、脳が「キツイからやめようよ」、「危険だからそのくらいにしておけ」などと言い出すが、それを無視して続けることが筋力アップにつながっていく。

 筋トレといえば、増量期と減量期の話題が興味深かった。筋肉と脂肪をともに身につけてから、脂肪を落としていくという2段階のプロセス。

 将棋でいえば、居飛車振り飛車も両方指せるようにしておいて、1つの戦法に特化していくことに対応するだろう。

 あるいは、アイロニーとユーモアとナンセンス。いや、将棋そのものではないか。

 大学院でハイデガーを専攻する糸谷先生を引き合いに出すまでもなく、将棋と哲学は相性がよいと思われる。

 この風変わりな勉強に関する書物を、今後、将棋にどう応用できるか、新たに考察する材料ができたことを歓迎したい。

 このブログの読者であれば、この本を楽しめると思うし、この本を読めば、このブログも楽しめると思うので、一読をおすすめする。

勝負論(2) 変身する演劇的勝負脳のすゝめ

はてなブログ (略称:続ピリ将)

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勝負論(2)

 

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変身する勝負脳

 

「独創的な戦略を編み出して勝負を制する知能、私が「勝負脳」と名づけた第四の知能こそ、いまの日本人にもっとも欠けている知能だと思うのです。」

 

 この意見に、私シュうぇッチマンは、完全同意する。

 林成之『〈勝負脳〉の鍛え方』(講談社現代新書)は、私たちの必読書。悔しいが、この本を読めば、このブログの勝負論を読む必要は半減するだろう。ただし、併せて読めば、鬼に金棒。

 

<勝負脳>の鍛え方 (講談社現代新書)

<勝負脳>の鍛え方 (講談社現代新書)

 

 

 前回に伏線を張っておいた「日本人には勝負事が向かない」とする言説の根拠の一端も、この本に求めることができるだろう。

 もっとも、いささか紋切り型の日本人論に傾斜しすぎていて、その点において私シュうぇッチマンはこの本を十全には肯うことができないでいるが、まあ、「日本人は「目的より目標」」という定説に近い考え方に一理あることは、さしあたり、認めておいてもいい。

 

《「勝つ」という目的ではなく、「勝ち方、あるいは勝つために求められる技や作戦」という目標に向かって全力を傾けることです。(中略)じつはこの方法こそ、勝負を意識すると体が硬くなる習性を持つ日本人にとって理にかなった対策なのです。》

 

 なるほど、テクニック重視、プロセス偏重は、日本人の最も得意とするところである。家族や周囲、マスメディアが結果を求めすぎると失敗するのも、そのとおりだろう。

 しかし、テクニック重視に走り、プロセス偏重に陥るがゆえに、後半で失速し、長い人生で続かず、やがて伸びなくなるというのも事実。これでは実は根本的な解決になっていないと、私シュうぇッチマンは考えている。

 私シュうぇッチマンの提唱は、「人間の機械化(別人格化)」である。

 日本人は、小手先のテクニックが本当に大好き。そして、だからこそ、機械のような非人間も多い。死んだように無味乾燥で、面白味がなく、サービス精神に欠けた非人間が、日本にはたくさんいる。だから、一層のこと、感情をオフにして、表情を能面のように消して、機械になりきってしまえばよいと思う。それこそ「草枕」の画工の非人情のように、である。

 いや、もっと、わかりやすく、稲妻が落ちるほどのイメージを提示しよう。

 

  日本版・正義の味方は、みんな変身しているではないか、と。

 

 月光仮面、赤影あたりを濫觴として、ウルトラマン仮面ライダーパーマンギャバンシャリバンを経て、孫悟空ドラゴンボール)、セーラームーンを巡り、プリキュアに至るまで、(いろいろ重要そうなところを落としてしまっているのだろうが)ともあれ、みんな変身して、勝負に臨む。

 このイメージの歴史の変遷を相手にすることなしに、日本人が勝負強くなることは100%不可能だと断言しておこう。

 ねらいは「脱日本人化」。

 林さんは、まず「日本人」の問題点を指摘し、次に対症療法を提示した。たしかに、その問題点については、私シュうぇッチマンも完全同意する。だが、彼の対症療法はあくまでも対症療法であり、私たちが「日本人」であることからは脱出させてくれない。原因療法でないからだ。私シュうぇッチマンは、そこが不満である。「日本人」であることが根本的な敗因であるのなら、どうしてそこを根本的に解決しないのか。モヤモヤした気持ちが強く残る。

 だから、実は答えは簡単明瞭で、「日本人」をやめればよい。ただそれだけの話。

 なにも、実際に国籍を変える必要はない。役所に行く手間は不要。ただ、試合のとき、勝負の瞬間、思い切って、精神的に、演技的にでも「日本人」をやめてしまおう。「草食男子」も「母親」も「教師」も、括弧にくくって一時的に忘れてしまおうではないか。正義のスーパーヒーロー、スーパーヒロインに変身してしまおう。

 そういえば、折よく昨日の「折々のことば」(『朝日新聞』2017・4・26)で、鷲田清一さんは、ジャン=ルイ・ベドゥアンの言葉を引用していた。

 

「仮面の根源には、形体を変えるばかりでなく、本質までも変えてしまいたい、という欲望が存在する」

 

 さらに続く補足説明も秀逸で、私シュうぇッチマンなりに言い換えておくと、かつては自らの限界を超える変身のためにあった仮面が、今日では隠したり偽ったりするためだけに使われている、ということである。

 勝負の世界で結果を出したければ、目的より目標などと詭弁を弄し、スケールダウンを図るのではなく、正々堂々、人格を入れ替えて、目的を志向すべきではないか。

 これが、私シュうぇッチマンのパフォーマティヴ(演劇的)な勝負脳のすすめ、である。

 ただし、勝負が終わったら、仮面をはずし、鎧をぬぎ、我にかえって、人間、すなわち、冴えないながらも、植物石鹸のように低刺激で、とっても心根の優しい、いつもの日本人に戻ろう。

 もし次の全国大会があるならば。私は将棋を指すとき「シュうぇッチマン」に変身して指すことにする! さあ、変身の儀式(ルーティン)を、あれこれ考えなければ。

 

【本日のまとめ】

・将棋を指すときは「別人28号」(by豊川孝弘七段)になろう。