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続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

上達論(2) 段級位・レーティング・実力

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

上達論(2

 

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段位・レーティング・実力

 将棋界のことを知らない方は、しばしば「段位が実力だ」と誤解する。たとえば、四段が九段を破ると、びっくりしていて、こちらが驚く。

 「段位は、実力でない。」このことを、単に知らないわけだ。

 段位というものは、上がることはあっても、下がることがない。だから、それは実力というより、経験値を測るためのもの。人間性も含めたものだと、私シュうぇッチマンはそう捉えている。

 したがって、私シュうぇッチマンは仮に今、四段・五段の実力があったとしても、免状を取得するつもりはない。

 五十歳になったとき、四段の免状を、六十歳になったときに五段の免状を取ろうという目標を持っている。そして、強いてそれ以上の免状を取ろうと思わない。それほどの棋力、人間性に達することができないと、いい意味での諦観があるからだ。(もっとも、万が一、このブログが将棋界に多大なる貢献を果たしたと認められ、六段を差し上げると言われたときは例外で、そのような冗談みたいな話が来たときは謹んでお受けするかもしれない。まあ、そのときになって考える。)

 要するに、「段位と実力は無関係である」ということを、まず、指摘しておこう。

 他方、プロ棋士なら、順位戦のクラスや順位は、実力をかなり正確に表していると考えられる。その証拠に、下のクラスにも、元タイトルホルダーや九段の棋士がいる。アマチュアならば、レーティングの数値が、残酷なまでに正確な実力の鏡と言えるだろう。とりわけ将棋倶楽部24レーティングは、正確無比。

 このレーティングのおかげで、同じ棋力の棋士と対戦することができるようになった。ありがたいかぎり。この功績は、筆舌に尽くしがたい。

 しかし、その同じレーティングのせいで、その数値に縛られることにもなる。ここにレーティングの落とし穴があるだろう。とりわけ偏差値に縛られすぎた人間は、この地獄にはまりやすい。

 あえて、言う。「レーティングも、実力を忠実に反映する指標ではない」ということを。

 なぜなら、レーティングが高くても、調子が悪かったり、心理的に不調だと、一気にレーティングは下降していくものだからだ。逆もあって、たまたま相手の調子が悪くてバブルが来ただけということもないではない。

 勝ち星や黒星は、結果。プロセスを評価する指標ではない。特に将棋の場合は、プロセスを評価する尺度が全くないものだから、他のジャンルでは考えられないほど、つらいのだが、そういう意味では、レーティングの数値も、段位(級位)も、まったく同じジャンルに属するものであって、当てにならないとも言える。

 もちろん、結果は非常に重要。このことを否定するつもりはない。けれども、だからといって、「手抜きして負けたのか、一生懸命指して負けたのか」という問いを不問に付してよい理由とはならないだろう。この問いは、結果がすべての将棋といえども、いや、結果がすべての将棋であるからこそ、大事であると、私シュうぇッチマンは考えている。

 「勝負事の強さは、数値化することができない。」これがもう一方の厳然たる事実というものではないか。「将棋は論理的なものの粋であるがゆえに、厳密に数値化できそうだ」という錯覚が起こるけれども、そこに罠がある。「『一局一生の気構え』こそが、掛け値なしの実力なのであって、過去の数値はただの痕跡に過ぎない。」このことを見落としてしまいがちなのだ。

 プロでもC2の棋士がA級を破ることもあるし、アマでも級位者が段位者を食うこともある。アマがプロに勝つことだって、ある。

 「肩書きやステータスを捨てて、どれだけ目の前の一局に集中できるか」、「自身の実力を最大限に発揮できるか」、「どれだけ注意深く、しかし勇敢に戦えるか」、そして、「その集中をいかに継続し、積み重ねていけるか」。これが上達にとって、最も大事なことではなかろうか。

 実力〇段ということよりも、〇段最強を目指した方が成長につながる。

 10級なら10級の中での最強を、初段なら初段の中での最強を目指す。

 結局、自己自身との戦いであり、「どれだけ充実感を覚え、どれだけ納得があるか」。ここにフォーカスしないと、真の上達というものは得られないのでは?

 その証拠に、10級にも、初段にも、十段・名人にも、皆それぞれに、上達というものがある。つまり、10級が9級になることが上達なのではなく、段級位やレーティングを度外視した部分に上達の真義が存するという当たり前のことを、縷々述べてきた次第である。

 

【本日のまとめ】

結果:過程=1:9

上達論(1) 君は負け方を知っているか

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続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

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上達論(1

 

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上に達すると書いて「上達」

 上達とは、いったいどのような状態のことを言うのだろうか?

 たとえば、あなたよりはるか格下の方の将棋をご覧になったとして、あなたはどういうところに優越感を感じるだろうかと問うてみたらいい。

 将棋の強い人は、えてして、優越感を持っている。もちろん、優越感自体は悪いものではない。行き過ぎたものでなければ、健全なものであろう。

 しかし、なんとなく持っている優越感は、危険かもしれない。だから、優越感の具体的な根拠を明らかにするようにしてみるとよい。

 たとえば、「ああ、玉を囲えていないな」とか、「ああ、離れ駒や遊び駒が多いな」とか、そういう具体的な根拠を明らかにする。

 

 ◆玉を囲わない。

 ◆離れ駒がある。

 ◆遊び駒がある。

 ◆無理攻めをしてくる。

 ◆自陣に手を入れない。

 ◆時間意識が希薄である。

 ◆駒損する。

 ◆手番を取れない。

 ◆無駄な王手が多い。

 ◆ちゃんと考えない。

 

 さしあたり、上記の10か条くらいで、事足りる。

 もちろん、他にもいろいろとある。もし時間に余裕があれば、持ち時間10分以内にどれだけ思いつけるか、ノートに書き出してみるとよいだろう。

 10か条か100か条かは知らないが、これらの弱い人の特徴というものを、骨髄に徹して理解したとき、それを「上達」というのではなかろうか。

 言い換えれば、相手を弱くし、自らを強くすればよいということを理解した状態を「上達」という。

 つまり、上記を裏返した力を自らの血肉とし、上記を相手に押しつければ、「上達した」と言っていい。

 以上を、10か条にまとめてみよう。

 

 ◆相手は玉を囲わないが、自分は玉を囲う。

 ◆相手は離れ駒があるが、自分は離れ駒をなくす。

 ◆相手は遊び駒があるが、自分は遊び駒を活用する。

 ◆相手が無理攻めをしてくるまで、自分は自重する。

 ◆相手が自陣に手を入れないすきに、自分は手を入れる。

 ◆相手は時間意識が希薄であるが、自分は意識する。

 ◆相手は駒損するが、自分は駒得する。

 ◆相手は手番を取れないが、自分は手番を取る。

 ◆相手は無駄な王手が多いが、自分は詰めろをかける。

 ◆相手はちゃんと考えないが、自分は真剣に考える。

 

 将棋に限らず、勝ち方を定義するのは難しい。だから、負け方を知っている人が、強い人なのである。

 

対局論(5) ぼーっとしていたら新手が

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~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

対局論(5

 

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 シュうぇッチマン先生、本日もお休み重視とのことなので、連続してピリギゃルがお送りいたします。

 

新しいオリジナル戦法

 さて、シュうぇッチマン先生、直前の残り一週間で、大きな決断をされました。事前の研究も、実戦も最小限に抑え、にもかかわらず、新しい戦法で挑むそうです。その戦法はどの定跡書にも載っていないオリジナル戦法、シュうぇッチマン・システムです。

 これまで試行錯誤してうまくいかなかったので断念していたみたいですが、ぼーっとしている最中に、改良策につながる新手を思いついたそうです。

 実際、数局試してみて、うまくいった模様。当初は、藤井システムのように居玉で仕掛ける戦法だったのですが、今は玉を囲うオプションを加えてヴァリエーションがグンと広がりました。藤井システムと嬉野流を混ぜたような玉の薄い戦法ですが、場合によっては玉を固めることも視野に収めて、作戦の幅の広いシュうぇッチマン先生らしい、「システム」が完成したようです。

 また、一局だけノーマル四間飛車を採用して、完勝しました。相手との対戦を断ったところ、「逃げるなカス」と言われ、急きょ、対戦。先生の怒りのスイッチが完全にONになりました。先生のノーマル四間飛車は非常に珍しいです。相手は棒銀で来ました。先生は奇をてらわず、お手本のような指し回しで、終盤も完璧でした。相手の飛車を封じ込めて、万が一の逆転を防ぎ、敵玉を鮮やかな妙手で討ち取りました。「完全復活」だと、私には見えました。

 なぜ勝てるようになったのかうかがうと、「挑発に乗るまいと、盤上に集中できたことと、腰痛持ちなのでせめて要所だけはしっかり考えることを心がけた」とのことでした。

 本当はあれこれ試してみたいはずなのですが、「身体のケアと精神集中が最後のテーマです」ときっぱりおっしゃって、「後は本番で直に試す」とのこと。おかげさまで、ようやく先生らしさが戻ってきました。

 

笑う門には福来たる

 さあ、あとは、腰がどうなるか、ですね。

 腰といえば、腰痛対策に足をしばって眠ることにした、シュうぇッチマン先生の続報。

 昨日の朝は、なんと、縄がほどけていたそうです。イリュージョンみたいに、チャラリラリラ~、いつの間にか、脱出してしまうとは! シュうぇッチマン・マジック!

 

 ピリ「火事になって逃げ遅れたら、どうするんですか?」

 シュ「当然、家人が疑われて、取り調べを受けることになるだろう。」

 奥様「まさか、『自分で足を縛った』なんて言っても、警察は信じてくれないでしょうね。困ったわ。いくらなんでも『殺人放火容疑』はキツイから、ピリギゃルちゃん、ブログにアリバイを書いておいてください。」

 

 イエッサ、マダム!

 先生は、どんなにスランプでも、盤外では、いつも周囲を笑わせてくれます。

 スランプ脱却には「笑い」が一番という米長邦雄永世棋聖の教えは、本当にそのとおりだなと、今回つくづく勉強になりました。