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続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

詰め将棋論(3) 12手先の誤算

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 続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

詰め将棋論(3)

 

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12手先の誤算

 アマチュアといっても、全国大会で優勝するような方になると、超長手数の詰め将棋を解いている。

 図巧や無双といった名前くらいは、私シュうぇッチマンも知っているし、少しばかし囓ったこともあるけれど、本格的にやろうという気はさらさら起きない。

 プロでもアマでもそうだと思うが、若くて体力があって暇もあるのなら、そういう勉強も、あるいは有効なのかもしれない。けれども、ある程度の年齢で、指し将棋に比重がある場合は、詰め将棋より、別の勉強法を選択しようとなる。

 ただ、よく耳にする「有段者も7手詰めが解ければよい」という言説には、懐疑的である。もし、2桁の詰め将棋の訓練をさぼっていて、棋力が上がらないと嘆いている二、三段の方がいたら、それは棋力向上の方法は1つしかない。「2桁をまず百題ばかり解いてみよう。」とアドバイスしたい。

 というのも最近、こんなことがあった。

 詰め将棋ではなく、指し将棋での話だが、中盤にいわゆる誤算があった。必然の手順で直線的にスラスラ進んでいくのだが、途中で誤算に気づいた。だが、もうどうしようもない。単線的な順なので、すでに変化の余地がない。この先、断末魔が待っているのはわかっているのに、断頭台への行進を続けなければならないのだ。苦患に顔が歪む。

 要するに、12手先に誤算があった。そして、12手前に気がついていなければ、もう変化の余地がなかった。こういうことが、稀にだろうが、起こりうるということを、思い知った。相手としては「してやったり」だろう。

 私シュうぇッチマンは、他の棋士とちがって、弱かった時代も長いので、上級同士の対戦、低段同士の戦い、中段同士の争いを、割と実感として比較することができるわけだが、最も大きな違いとして感じることは、「先が読めるかどうか」というところである。

 クラスが下だと、3手の読み、5手の読み程度だから、7手先が読めれば勝つ。ところが、高段者になると、平気で10数手先を読み合っている。だから、それが当たり前にならないと、まぐれでも勝てない。しかも、時間があれば読めるではダメで、一瞬でその辺りを読むかイメージするかの力が卓越している印象だ。

 そのようなわけで、基礎は大事だが、四段以上は2桁の詰め将棋が必須である。そして、終盤勝負にならないように、序中盤の力も同時に鍛えていく必要がある。

 私シュうぇッチマンは、12手先の誤算があってから、依怙地になって、13手詰めばかりを解きまくっている。その甲斐あって、昨日は17手詰めも解けるようになっていた。

 3手から5手、5手から7手、7手から9手は、それぞれかなりハードルが高いと感じたが、9手以上は、スコーンと何かが抜けて、ヒョイヒョイ跳んでいける感じになっていく。

 ノックしなければ、開こうとしなければ、扉は開かない。

 2桁の詰め将棋が解けるようになると、将棋というゲームは同じゲームであって、同じゲームでなくなってしまう。特殊な訓練で、可動域が広がったアスリートの肉体を手にした感覚に近い。

 私シュうぇッチマンは、まだ不十分なので、2桁の詰め将棋がスラスラ解けるように、この春は訓練を絶やさぬ覚悟である。

 なお、恥を忍んで告白しておくと、17手詰めもスラスラ解いたわけではなく、1か所、停滞するところがあった。それはいわゆる金頭の桂の応用で、飛頭の桂の手筋に気づかなかったという、結局は初歩的なレベルの問題であった。基礎も大事。応用も大事。基礎1:応用9。

 子供は実戦中心で鍛えていくが、大人は詰め将棋中心で鍛えていかなければならないのではないか。試しに、詰め将棋ばかりをひたすら鍛えて、2桁が解けるようになってから、実戦デビューを果たすという実験をする大人の方はどこかにいないだろうか?

 私シュうぇッチマンが、自身を実験台に、それをやってみようと思う。いずれは詰め将棋から離れる時機も来るだろうが、今週は、狂ったように、詰め将棋9:その他1で行く。