続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

駒落ち論(5)無為自然 待つということ

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続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

駒落ち論(5)

 

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相手の側に立つ

 駒落ちの上手、すなわち駒を落とす側を持つようにしたい。有段者だからというのではない。級位者でも同じ。なぜかというと、駒落ちの上手側に立つことによって、相手側に立つということを覚えるからだ。相手の気持ちになれない人間は、ついに将棋が強くなることはないであろう。いや、将棋だけでない。勝負だけでもない。すべてにおいて勝つことはないと思われる。コミュニケーションの極意だからだ。

 ピーター・ドラッカーの『マネジメント』がよく読まれる理由も、そこにある。相手の側に立つことがいかに大事か、いかに難しいかということに根ざした経営哲学が、学問的にどうこういう以前に、やはり求められていたし、求められているということだろう。

 駒落ちの上手の側を持つと、気づくことがある。それは最初から不利だということ。何もしなければ、負けてしまう。だから、勝負手を放つ必要があるし、下手をだまし、ごまかさなければならない。

 反対に、下手の側からすると、慌ててはいけない。じっとしていれば、有利なのだから、余計なことをしなければいい。ところが、それができない。つまり、待つということができない。動きすぎてはいけないのだが、つい余計なことをしてしまう。下手というものは、自ら動きすぎて、自滅する。

 駒落ちというものは、そのような上手と下手の組み合わせによって、勝負の決着がつく。

 駒落ち、そして平手での指し方のコツは、と金づくり。といって、いきなり、と金ができるわけもないので、まず歩を切ることである。なぜ歩を切るかというと、二歩にならないためである。歩を切ると、と金づくりができるのみならず、叩きの歩、底歩が打てるなど、さまざまな技がかかるようになる。

 もちろん、歩を切るだけでは、ただの駒損になる。一歩といえども、大事にしたい。歩を切るときは、同時に歩の入手も企図しよう。歩を仕入れることのできる見込みがあれば、歩を切る。こういう考え方だ。

 凡手徹底。いずれにせよ、むやみに大駒や金銀桂香を乱舞させる将棋では、駒落ちは通用しない。

 

 「将棋は歩から」(加藤治郎

 

 誰もが賛成してくれるだろうが、やはり名言中の名言である。

 

将棋は歩から (上巻)

将棋は歩から (上巻)

 

  

将棋は歩から (中巻)

将棋は歩から (中巻)

 

  

将棋は歩から (下巻)

将棋は歩から (下巻)

 

 

 

本日の旧ブログでは、次の一手、次の勝負手を出題中。

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