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続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

秒読み論(3) 駒の並べ方

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

秒読み論(3)

 

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ゆっくり駒を並べる

 「精神論は苦手だな」という方は、今日の記事は敬遠した方がよいかもしれない。

 インターネットで将棋ができるようになり、将棋の駒を持つ機会が激減した。かつては、駒を使わずに将棋をすることなど不可能だったのだから、そのときと比べると大きな変化、変革である。

 棋譜並べをするようになって、駒に触れるようになったが、しかし、これはカラオケのようなもので、共演者がいないから、相手のいるリアル対局になると、どうしても違和感のようなものが生じてくる。

 知り合いと対局するのならまだしも、完全な他人と対戦すると、この種の違和感(ノイズ)と、いかに付き合うか、どう親しくなるかが、課題の1つとなってくる。

 私シュうぇッチマンは、仕事が忙しい、否、充実しているため、あまり頻繁に大会に出場するということができない。だから、どうしても、リアル対局の数が少なくなってしまう。

 今月は関西と関東で多くの道場にお邪魔し、武者修行をさせていただいたが、この経験は予想以上に役に立った。

 関西では、駒を並べるという基本的なルーティンから、さっそくこの違和感を覚えた。皆さん、並べ方が雑だし、早いのである。そして、この雑で素早い並べ方につきあってしまうと、自己のペースを見失ってしまう。持ち時間がない対局も、相手に合わせてしまい、それだけが原因ではないのだが、惨敗を喫した。

 関東でも並べ方に関しては、基本的に同じだ。しかし、今度は関西での反省を活かし、こちらが相手に合わせないことをとにかく心がけた。ゆっくり、丁寧に、並べる。これだけで精神が落ち着く。自分のペースを確認できるし、相手に威圧感を与えることができることもわかった。

 関東も、関西も、対局前に話しかけてくれるベテランの方がいらっしゃる。これはコミュニケーションとして、非常に素晴らしいが、勝負としては別である。相手のペースに巻き込まれるから、適当にあしらうことにした。口三味線の達人は、どこの道場にもいて、私シュうぇッチマンもこれはこれで得意ではあるのだが、しかし、そちらの方面では勝負しない方針にした。

 静かに瞑想して、将棋に集中すること。そして、自分のペース、自分の将棋を指すことを第一に考える。

 ちなみに、テレビでは2種類の駒の並べ方、すなわち大橋流と伊藤流が紹介されていた。伊藤流を知らない人は結構、多い。大橋流でさえ知らない人も少なくない。別に最初に玉を置けば後は自由なのだろうが、この最初に玉を置くということすら知らない人もいる。

 王と玉の区別は、王が上位者または年長者だが、そのことを意識しない人も少なくない。振り駒も、上位者の立場で振るわけだが、これも知らない。駒箱を開けたり閉めたりするのも上位者の責務だが、これも知らない。作法に関しては、ずいぶん乱れているなと感じた。

 私シュうぇッチマンは、老人ホームの道場出身だったから、しつけは厳しかった。けれども、ジュースを手放さず、対局カードをぽいっと投げ捨てるようにする、態度が非常に悪いちびっ子も多く、ちびっ子が増えたことはよいことなのだろうが、きちんとしつけられないのであれば、今後のこの国の将来がちと心配になる。

 将棋は単なるゲームだという言説には一理ある。けれども、そのように抽象化したときにこぼれ落ちるものが出てきてしまうのも、他面の理だろう。

 そもそも、あれだけ静かに2人が一時間ばかり互いに向き合っているというのは、かなり異色、不思議な景色である。日常では経験できない時間と空間だから、やはり慣れが必要だと今回の遠征で感じた。

 思わず話が脱線したが、相手にはいろいろなバックボーンがあり、癖がある。観察することは大事だが、自分のペースを乱されぬようにすることも大事である。

 まだ時計が動いていない対局前から、ちゃんと勝負を始めたいと思う。礼儀作法も含めて。

 だから、私シュうぇッチマンは、とてもゆっくり、丁寧に、駒を並べる。

 独りで並べるときも、相手がいることを想定しながら、並べることができるようになった。

 そういえば、今回の遠征で、ただ一人だけ、駒の並べ方がとてもしっかりしている中学生がいた。私シュうぇッチマンは彼の将来を楽しみにしている。