続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

将棋ソフト論(2) コンピュータは敵か味方か

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

将棋ソフト論(2)

 

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 千田翔太六段。

 失礼ながら、彼がここまで強くなるとは予想していなかった。

 棋王戦挑戦だけでなく、NHK杯や叡王戦の決勝まで勝ち進むなど、結果を出している。

 永世名人棋譜並べで基礎を作り、今はコンピュータ将棋の研究に余念がないと聞く。やはりこれからの時代はコンピュータを味方にしないと、爆発的に強くなることは難しいのかもしれない。

 ただ、ここで注意しないといけないのは、永世名人棋譜というところ。われわれアマチュアも、まずは棋譜並べで鍛錬しないと、せっかくのコンピュータ将棋も生きないのではないか。

 たしかに、コンピュータ自体は、名人に勝った。しかし、コンピュータを使って修行する千田六段も、まだ永世竜王でもある渡辺明棋王を倒すには至っていない。

 このブログにとっては、「コンピュータと人間のどちらが強いか」という問いよりも、「コンピュータをどう利用して強くなるか」という問いの方が、重要である。なぜなら、このブログの主問は「どうすれば将棋が爆発的に強くなれるか」なのだから。

 素直に考えると、《永世名人棋譜並べ × コンピュータ将棋の棋譜並べ》が最強の勉強法ということになるだろう。

 ところが、ここで思い出すのが、「間違わないお手本」問題である。たとえば、引きこもってサテライト講座を視聴し続けるのと、学校へ通うのとでは、どちらが勉強ができるようになるのかという問題が、それである。サテライト講座の問題点は、間違いが発生しないということ。ライブだと、間違いやハプニング、雑談といったノイズが発生する。

 塾講師をしていて、田舎の教室に行った最初の授業で、教室に蜂が入り込んで、その蜂を追い出すのに1時間すべてを費やしたことがあった。サテライトなら、こういう雑音は最初から排除できる。

 しかし、私シュうぇッチマンといえば蜂事件という具合に、生徒たちは覚えてくれた。また、私シュうぇッチマンも、蜂への対応が巧くなり、後に同様のことが発生した場合は、3分で処理できるようになった。

 窓とカーテンを全部開けさせる。教室の電灯を消す。これだけで蜂は勝手に外へ出てくれる。

 ちなみに、私シュうぇッチマンの中学英語の授業は、伝説になっている。なぜかというと、3単現のsを付けないという授業を繰り広げたからである。

 He speak English well.

 こう板書する。しかし、生徒たちは、

 He speaks English well.

 と書き写す。これを常態化することによって、3単現のsの付け忘れということは、私のクラスの生徒には見られなかった。

 国語の授業も同じことで、わざと漢字を間違える、間違える。

 「粉れを求めて、勝負手を放つ」

 「校長先生の話しを聞く。」

 こんなふうに板書すると、必ず誰かが「『粉』ではなく『紛』です」、「『話し』は名詞なので、送り仮名は不要です」などと突っ込んでくれる。疑いながら見る、懐疑的に読むというのは、漢字に限らず、リテラシー教育の基本である。 

 狭義のお勉強は、できるようにならない。しかし、こういう「無駄」も含めて、もっと大きな学びや思い出が得られる。記憶というものは、夾雑物を排除すれば身につくというものではなく、むしろ夾雑物も取り入れて、単なる記憶ではなく、生き生きとした記憶を形成すべきものだろう。

 ということは、コンピュータの将棋を単に丸暗記しても、意味がないという結論に達する。同じ人間が指した将棋だからこそ、親近感を覚え、臨場感を感じながら、追体験することができるのであって、まったくミスしないコンピュータの将棋をなぞってみても、何かが手に入らないのではないかと、私シュうぇッチマンは考える。

 しかし、ここからが工夫のしどころで、「それではどうすれば親近感と臨場感を持ちながら最強ソフトを追体験できるのか」という問いが浮上してこなければ、工夫の余地はないだろう。

 人間対コンピュータの戦いを棋譜並べするというのは、1つの答え。自らがコンピュータと対戦するというのも、もう1つの答えだろう。

 しかし、この程度なら、誰でもやっていることだ。「もっと劇的な方法はないものか。」こう問い続けることが、大事。

 私シュうぇッチマンの答えは旧ブログで書いたとおり、ソフトと駒落ち対局を戦うということであり、それ以外の新見は今のところ、持ち合わせていない。

 細かい工夫は、いくつかある。指しっぱなしにするのではなく、感想戦を念入りに行い、コンピュータ側を持って棋譜並べをし、自身の人間的な弱点を精査する。あるいは、コンピュータに負けたら、貯金をする、片づけをする、等々の罰ゲームなど。

 反対に、私シュうぇッチマンがやらないのは、単純なソフト参照。定跡研究で、「この局面でどう指すか教えてください」というのは、基本的にやらない。自らの頭で考えられなくなるからだ。

 もちろん、例外もあって、自身がよく指す戦法で、棋書にこれにて良しと書いてある局面から負けたり不利になったりが続くと、あれこれ考え、試行錯誤したあげく、ソフトにおうかがいを立てることもないではない。詰みまで研究して、その局面になったらノータイム指しで勝つということも、ごくたまにある。

 しかし、これは例外であって、だいたいの場合は、自身の頭で解決しているし、考えること自体を楽しむように心がけている。だって、そうしなければ、全部コンピュータにお任せということになり、そうすると、自身で指す意味がなくなってしまうから。

 棋書はなくなり、対局もなくなり、解説もコンピュータ先生が登場し、評価値を述べるという感じになってしまう。

 プロの将棋はピンチだが、アマチュアの将棋はもともとプロ未満なのだから、ピンチでも何でもない。「考える」「楽しむ」という基本さえ失われなければ、アマチュアの将棋はいつも意気軒昂なのである。

 

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