続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

勝負論(2) 変身する演劇的勝負脳のすゝめ

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

勝負論(2)

 

f:id:Shouldgo:20160902152037j:plain

 

変身する勝負脳

 

「独創的な戦略を編み出して勝負を制する知能、私が「勝負脳」と名づけた第四の知能こそ、いまの日本人にもっとも欠けている知能だと思うのです。」

 

 この意見に、私シュうぇッチマンは、完全同意する。

 林成之『〈勝負脳〉の鍛え方』(講談社現代新書)は、私たちの必読書。悔しいが、この本を読めば、このブログの勝負論を読む必要は半減するだろう。ただし、併せて読めば、鬼に金棒。

 

<勝負脳>の鍛え方 (講談社現代新書)

<勝負脳>の鍛え方 (講談社現代新書)

 

 

 前回に伏線を張っておいた「日本人には勝負事が向かない」とする言説の根拠の一端も、この本に求めることができるだろう。

 もっとも、いささか紋切り型の日本人論に傾斜しすぎていて、その点において私シュうぇッチマンはこの本を十全には肯うことができないでいるが、まあ、「日本人は「目的より目標」」という定説に近い考え方に一理あることは、さしあたり、認めておいてもいい。

 

《「勝つ」という目的ではなく、「勝ち方、あるいは勝つために求められる技や作戦」という目標に向かって全力を傾けることです。(中略)じつはこの方法こそ、勝負を意識すると体が硬くなる習性を持つ日本人にとって理にかなった対策なのです。》

 

 なるほど、テクニック重視、プロセス偏重は、日本人の最も得意とするところである。家族や周囲、マスメディアが結果を求めすぎると失敗するのも、そのとおりだろう。

 しかし、テクニック重視に走り、プロセス偏重に陥るがゆえに、後半で失速し、長い人生で続かず、やがて伸びなくなるというのも事実。これでは実は根本的な解決になっていないと、私シュうぇッチマンは考えている。

 私シュうぇッチマンの提唱は、「人間の機械化(別人格化)」である。

 日本人は、小手先のテクニックが本当に大好き。そして、だからこそ、機械のような非人間も多い。死んだように無味乾燥で、面白味がなく、サービス精神に欠けた非人間が、日本にはたくさんいる。だから、一層のこと、感情をオフにして、表情を能面のように消して、機械になりきってしまえばよいと思う。それこそ「草枕」の画工の非人情のように、である。

 いや、もっと、わかりやすく、稲妻が落ちるほどのイメージを提示しよう。

 

  日本版・正義の味方は、みんな変身しているではないか、と。

 

 月光仮面、赤影あたりを濫觴として、ウルトラマン仮面ライダーパーマンギャバンシャリバンを経て、孫悟空ドラゴンボール)、セーラームーンを巡り、プリキュアに至るまで、(いろいろ重要そうなところを落としてしまっているのだろうが)ともあれ、みんな変身して、勝負に臨む。

 このイメージの歴史の変遷を相手にすることなしに、日本人が勝負強くなることは100%不可能だと断言しておこう。

 ねらいは「脱日本人化」。

 林さんは、まず「日本人」の問題点を指摘し、次に対症療法を提示した。たしかに、その問題点については、私シュうぇッチマンも完全同意する。だが、彼の対症療法はあくまでも対症療法であり、私たちが「日本人」であることからは脱出させてくれない。原因療法でないからだ。私シュうぇッチマンは、そこが不満である。「日本人」であることが根本的な敗因であるのなら、どうしてそこを根本的に解決しないのか。モヤモヤした気持ちが強く残る。

 だから、実は答えは簡単明瞭で、「日本人」をやめればよい。ただそれだけの話。

 なにも、実際に国籍を変える必要はない。役所に行く手間は不要。ただ、試合のとき、勝負の瞬間、思い切って、精神的に、演技的にでも「日本人」をやめてしまおう。「草食男子」も「母親」も「教師」も、括弧にくくって一時的に忘れてしまおうではないか。正義のスーパーヒーロー、スーパーヒロインに変身してしまおう。

 そういえば、折よく昨日の「折々のことば」(『朝日新聞』2017・4・26)で、鷲田清一さんは、ジャン=ルイ・ベドゥアンの言葉を引用していた。

 

「仮面の根源には、形体を変えるばかりでなく、本質までも変えてしまいたい、という欲望が存在する」

 

 さらに続く補足説明も秀逸で、私シュうぇッチマンなりに言い換えておくと、かつては自らの限界を超える変身のためにあった仮面が、今日では隠したり偽ったりするためだけに使われている、ということである。

 勝負の世界で結果を出したければ、目的より目標などと詭弁を弄し、スケールダウンを図るのではなく、正々堂々、人格を入れ替えて、目的を志向すべきではないか。

 これが、私シュうぇッチマンのパフォーマティヴ(演劇的)な勝負脳のすすめ、である。

 ただし、勝負が終わったら、仮面をはずし、鎧をぬぎ、我にかえって、人間、すなわち、冴えないながらも、植物石鹸のように低刺激で、とっても心根の優しい、いつもの日本人に戻ろう。

 もし次の全国大会があるならば。私は将棋を指すとき「シュうぇッチマン」に変身して指すことにする! さあ、変身の儀式(ルーティン)を、あれこれ考えなければ。

 

【本日のまとめ】

・将棋を指すときは「別人28号」(by豊川孝弘七段)になろう。