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続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

人間論(2) 優しさと厳しさの互換性

はてなブログ (略称:続ピリ将)

続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

人間論(2)

 

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「優しさ」が人間性の核

 この連休も仕事。しかし、2時間は自由時間を設けて、息抜きするように心がけている。私シュうぇッチマンは休みすぎると、かえって調子が悪くなるので、この方法に満足している。

 先日、車を運転して、行きつけのコメダ珈琲へ行く途中、このブログの人間論に書くネタがないと悩んでいたのだが、FMラジオから小原孝さんのピアノの音色が聞こえてきた。

 職場は、ラジオが受信できない環境なので、車に乗っているときくらいしかラジオを聴く機会がない。だから、ひさしぶりに聞く「弾き語りフォーユー」であった。

 曲は、「桃太郎」。

 小原さんのピアノは、いつも優しい。とっても穏やかで、激高することがない。ピアノのタッチだけでなく、その語り口もまた、優しく、非常に穏やかである。

 とても鬼退治に行く音楽とは思えない。桃太郎の出征も、ほのぼのとした日常の景色の延長上にある。

 この人と、仮に将棋を指したら、敵わないだろうなと思った。トランプや、キム・ジョンウンでも、勝てないだろう。

 そんなことを思っていたら、ふと、「『優しさ』が人間性の核」という言葉が、天から舞い降りてきた。

 将棋は厳しさが求められる。「勝利が全て」ということは、将棋ウォーズの棋神に言われるまでもなく、現実。運やごまかしがきく世界ではない。

 私シュうぇッチマンは、全国大会の敗因を「優しさ」に見出した。勝負の世界に、「優しさ」を持ち込むから負けたのだと反省した。その「優しさ」は日頃、コーチ業の職にあるがために、選手としてではなく、コーチとして振る舞ってしまう習慣=癖に由来するもので、この自己分析は当たっていると思う。

 ただ、その先が見えていなかったのだが、結論をいうと、私シュうぇッチマンにはその「優しさ」が足りなかったのだということに気がついた。つまり、こういうことだ。日頃の「優しさ」が足りないから、将棋の「厳しさ」も足りなくなる。日頃、思う存分、「優しさ」を発揮していたら、将棋では「厳しさ」を出せるのではないか、と。

 人間の脳には実は偏りがあって、否定的なメッセージの方が刺激が強くなりがちで、肯定的なメッセージよりも優先されてしまうらしい。だから、意図的に、意志的に、肯定的なメッセージ、すなわち「優しさ」を大事にする必要があるとのこと。

 小原さんの弾くピアノのように、普段は、もっと、もっと「優しく」なり、「優しさ」の出し惜しみをしないでおけば、その対極に位置する「厳しさ」にも一層の磨きがかかるのではないだろうか。

 その結果、もっと振幅の大きな人間としての器を成すことができるのではないか。

 小原さんの優しいピアノの旋律を耳にしながら、そんなことを考えた。