続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

上達するための箴言集・格言集(0016)自分のために

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続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

上達するための箴言集・格言集(0016

 

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0016 γράφομαι(自分のために書き留める)

 

 中動態という態が気になって、調べてみました。

 語学嫌いで、文法用語を聞くと頭痛がしてきて寒気がという人は、申し訳ありませんが、しばらく飛ばし読みしてください。

 能動態と受動態なら、私シュうぇッチマンでも分かります。

 受動態というのは受け身で、「・・・によって~される」と訳すやつ。

 そして、日本人がやたら使いたがる態。

 主語が要らないから、責任を回避するのにうってつけだもんね。

 それでは、中動態なる第三の態とは、一体いかなる態なのだろう?

 それを覚えたら、将棋が強くなるのではないだろうか。

 こう考えると、気が気でなくなってしまいました。

 

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

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芸術の中動態―受容/制作の基層

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 ふむふむ。

 古代ギリシア語、サンスクリット語などの古代言語の他に、現代語ではデンマーク語、アイスランド語などでも用いられるらしい。

 ちなみに、サンスクリット語では反射態と言うそうです。

 私シュうぇッチマンの理解では、「自分のために~する」ということを再帰代名詞を使わず、動詞の態の変化によって表そうということのよう。

 調べているうち、たまたま目に飛び込んできたのが、古代ギリシア語の「γράφομαι」でした。

 「自分のために書き留める」という意味。

 いやあ、気に入りました。ひと目ぼれ。

 サンスクリット語では、態を「他人のための言葉」(為他言)と「自分のための言葉」(為自言)に分類すると言います。

 説明は、これが分かりやすい。

 言語というものは、コミュニケーションの道具でもあるけれど、独り言をつぶやくなど、思索、より格好よく言い換えれば自己内対話のためにも使えるものです。

 最近の流行の言葉でいえば、AIのディープラーニングなのかもしれません。

 自分自身と戦いながら、強くなる。

 これはひとつの理想です。

 人間がコンピュータに比べて、著しく劣っている部分。

 だから、そこを鍛えれば人間の可能性も広がるのではないでしょうか。

 そう考えたかどうかは知りませんが、家族が誰も将棋を指せなかったため、子どもの頃は、よく自分対自分をやっていました。

 そして、どちらかが勝つことが不思議でなりませんでした。

 しかも、大差で、あっさりと。

 たぶん、どちらかで手抜きをしているのでしょう。

 そう考えて、究極の自分対自分の名人戦を行ってみたい。

 そう念願して、持ち時間各5時間の試合をするのですが、失敗に終わります。

 実は、今なお、こうした強くなり方について、私シュうぇッチマンは真剣に考え続けています。

 むしろAIが台頭し、人類を超越した今だからこそ、真剣に考えていけると思っています。

 というわけで、子どもの頃の夢を諦めていません。

 1つだけ、大人になって、わかりかけてきたことがあります。

 それが「自分のために書き留める」ノートという手段です。

 ノートって、基本的には自分のためのもの。

 ただ、たいていの場合、ノートは書きっぱなしで、再帰することがありません。

 このブログもそうですが、他人のために書いているというよりも、自分のために中動態で書いています。

 ただ、中動態というのは不思議なもので、自分のために書いているのに、いや、自分のために書いているからこそ、他人のためにも役に立つという逆説が起こります。

 より親身だからなのでしょうか。

 私シュうぇッチマンの中動態理解は、たぶん間違っている気がします。

 けれども、「γράφομαι(自分のために書き留める)」という言葉が与えてくれるインスピレーションを、自分の将棋や我が人生に生かしたいと強く思ったことは動かせません。

 ところで、この単語、なんて発音するのでしょう? どなたか古典ギリシア語をご存知でしたら、ご教示ください。