続ピリギゃルが将棋倶楽部24で初段になる50の方法

将棋の全国大会に出場することになった成金アマの活躍やいかに

上達するための箴言集・格言集(0030)身代わりを

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続ピリギゃルが将棋倶楽部24(将棋ウォーズ)で初段になる50の方法

~実力四段・五段を目指して(シュうぇッチマン全国大会の巻)~

上達するための箴言集・格言集(0030)

 

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0030 身代わりを大切にする。

 

 本日のテーマは、「身代わり」です。

 あなたは、誰かの身代わりになったことがありますか?

 

 

 私シュうぇッチマンは、あります。

 6年前のこと。

 車の運転をしていたら、小さな男の子が左手の茂みの中から飛び出してきました。

 あまりにも急なことだったのですが、ハンドルを右に切って、隣車線の自動車と接触事故を起こしました。

 人命には代えられないので、仕方がなかったと思います。

 このとき、思わぬ被害に遭った車の運転手の反応が予想外でした。

 車から降りてきた初老の男性は、ニコニコしながら、「よかった、よかった」と言っているのです。

 4歳の男の子の安否しか心配していない。

 示談を持ちかけようとしたら、「気にしていない」と言って、凹んだ高級車に乗って去って行きました。

 こちらは名乗る暇すらありませんでした。

 車以上に、私シュうぇッチマンは凹みました。

 ただし、反省はあるものの、納得感もありました。

 当時は新車だった私シュうぇッチマンの車には、今も「名誉の負傷」の跡が残っています。

 今もあえて修理せずに、そのままにしているからです。 

 なぜそのままにするかというと、その子の身代わりになった2台の愛車(相手の車も含めて)に対する感謝の気持ちを忘れたくないから。

 その初老の紳士のスマートすぎる態度、何が起きたか理解していない男の子のきょとんとした顔、そしてその子のお母さんが泣きながら「すみません」を連発していた事故時の状況を今もありありと思い出します。

 繰り返し「感想戦」をしてみても、同じ状況なら、同じ判断をしようという結論に達します。

 ただし、犬猫一匹、はねぬよう、もっともっと安全運転に対する感覚を鋭敏にしなければ、とも意識しています。

 ドライバーの皆さん、どうかくれぐれも安全運転に努めてください。

 

 

 将棋の話と関係なさそうですが、そうでもありません。

 なぜなら、将棋を指すことと、車の運転をすることは、とてもよく似ているからです。

 もちろん、将棋は人命には関わりがない。

 その意味では雲泥の差があるとも言えます。

 けれども、将棋はそもそも戦争ゲームであるという側面を忘れるわけにはいきません。

 駒たちは、自身の身代わりになって、最前線で戦っています。

 かたやプレーヤーは安全な部屋でお茶でも飲みながら、優雅に座っています。

 これは会社でいえば、社長と社員の関係に等しい。

 あるいは、親会社と下請けの関係と言ってもよいでしょう。

 あくまで戦争にこだわるなら、自らは飛行機に乗り込まず、空爆するアメリカの戦争スタイルと批判することも可能かもしれません。

 ともかく、身代わりを立てて、自身の安全を確保するという構図は、すべてに共通します。

 将棋をもっと緊張感を持って指したい。

 例の事故以来、こういうことを考えるようになりました。

 

 

 オリンピックの月桂冠の由来を、皆さんはご存知でしょうか?

 今ではオリンピックだけが残っていますが、かつてギリシアには他にも多くの祭典がありました。

 ピューティアの大祭も、その1つです。

 オリンピックは月桂冠ではなく、オリーブの冠だったそうなので、現在のオリンピックは両者が交じってしまっていると指摘できそうです。

 ピューティアの大祭は、ギリシア中部にあるデルポイで開かれていました。

 デルポイにはアポロン神を祀る地域があるのです。

 アポロンは、かつて1人の美少女に恋をしました。

 その少女の名は、ダフネ。

 ダフネは、フランス語なまり。

 ギリシア語では正確にはダプネと発音するそうですが、月桂樹という意味です。

 アポロンはダフネを誘うのですが、ダフネが叫び声をあげたため、ダフネの父がダフネを月桂樹に変えてしまいました。

 悲しんだアポロンは、その愛を永久に忘れまいとして月桂冠をつねに身につけていたといいます。

 この有名なギリシア神話から、ピューティアの大祭の勝者、さらには現代のオリンピックの勝者に授けられるようになったのですね。

 今日でこそ、オリンピックはスポーツの祭典と化してしまいましたが、かつては芸術や文化なども競技に入っていました。

 このような背景を理解し、東京オリンピックでは将棋も間接的に競技に入れて盛り上がってほしいと願っています。

 将棋は戦争ゲームだと言いましたが、最後まで死者の出ない「愛」を象徴するゲームなのですから。

 取った駒も死なないし、玉を詰ませても取ることはしません。

 ダフネの身代わりである月桂冠にふさわしいゲームと言えます。

 

 

 ちなみに、サンスクリット語では身代わりのことを「アバターラ」と言います。

 インターネット上のコミュニティで、自身の分身キャラクターのことを「アバター」というのは、ここに由来します。

 自らの半身(アバターラ)をどれだけ大事にできるか。

 私シュうぇッチマンは、「たかがゲーム、されどゲーム」の後者に賭けているので、身代わりを大切にするということを将棋を通じて学びたいと考えています。

 勝利したときは、愛という意味の込められた月桂冠をイメージしています。

 負けたときも相手に月桂冠を贈るイメージを持つよう心がけています。